夏が来ると思い出す2
これも二十年近く前の話。
当時、仲間数人と休みを合わせてよく山に登った。
夏の暑い日にわざわざ汗をかきに行くのなら爽快な気分を味わえる沢登りにしようと誰からともなく声が上がった。
そこで決まった行き先は山梨県の東沢。西沢渓谷は知られているが、その筋違いに東沢がある。西沢はトレッキングルートも整備されて一般的だが、東沢はそれなりの登攀力を要する。といってもザイルを使うほどではないが・・・。
東京を流れる荒川の源頭。甲武信岳の山頂を目指す沢登りルートだった。
甲武信岳とは甲州(山梨)武州(埼玉)信州(長野)の州堺に頂があるのでこのような名前がついたこともあって、なんとなくミステリアスな感じがして、しかも一度に三県を跨ぐことができるのでお得な感じもするのだが、実際はいたって地味な山である。そして一応日本百名山でもある。
滝を高巻いたりナメを気持ちよく歩いたり魚止滝で泳いだりしながら10時間ほどかけて最後の急登、両門の滝をしばらく過ぎてからのことだった。
合計6人の仲間は体力などの差によって自然と先行グループと後方グループに分かれた。
後方グループにいた私は仲間と自分の体調を考え、“ちょっとここで休もうか”と、ザックを下すと、それにしたがって他の者も岩場に腰を下ろした。
たわいもない話をしていると、沢の下流から、“カランカラン”と、クマよけの鈴の音が近づいてくる。
しばらくして50代とおぼしき男性が登ってきた。
“こんにちは”と声をかけると、その男性はこちらに一瞥もくれずにブツブツと何かを言いながら立ち去っていった。
山ですれ違った時って、普通は挨拶をしたり数少ない情報交換をするものなのだが。
ブツブツ・・・ちがうな~。自分にはそう聞こえた。
仲間の一人が“なんか変な奴だな”と言ったが、その声は沢の音にかき消されていった。
それから最後のひと踏ん張り、一気に頂きへ上り詰める。
下腿三頭筋もヒラメ筋もほどなく悲鳴を上げてきた頃、やっとの思いで甲武信小屋に到着した。
先行隊が笑顔で迎えてくれた。なかにはカップラーメンを頬張りながら迎えてくれる者も。
仲間の一人が
“こいつシャリバテになってやがんの!”
(シャリバテとはエネルギー不足のために力が入らなくなるようなこと。シャリ←銀シャリのこと)
情けね~な~。
そんな感じで冗談を言いあいながら、無事に沢を登り再会できたことをお互いに喜んだ。
仲間A )そういえば、もうひとり来なかった?50代くらいの男の人。
仲間B )誰も来ないよ、ずっとお前らのことここで待っていたけど。
仲間A )休憩中に抜かれたんだよ。おかしいなぁ・・・他にルートはないはずだろ?もうじき日も暮れかかってくるし大丈夫かな?
仲間B )じゃあ、キジ打ちにでも行ったんじゃないの?
(キジ打ちとはお手洗いのこと)
仲間C )そういえば、なんかおかしいと思ったんだよね、だって、服装が冬っぽかったのに汗一つかいてなかったんだ・・・。
一同 )・・・・。
思い返せば、確かにその時の服装は夏山にはふさわしくない、しかも沢登りではないトレッキングや登山の格好だった。そして全体的に時代遅れの装備でかなり型遅れだった事。
ただの登山者だったのか、それとも・・・。
山ではこういう話よくありますね。
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